昨日ダンジョンのあちこちから掻き集めてきた大量の依頼品を、依頼品だってことを忘れてだいだら.に換金アイテムごと売っぱらった、という我が相棒による大胆かつケアレスすぎるミスのせいで今日もテレビの中に行くことが決まったのが20分ほど前のこと。あんまりにあんまりすぎる理由を仲間内にばらすのはこいつの面子に関わると思ったし(あいつは無駄にプライドが高い。ほんと無駄に。しかも無駄なところで)、そもそも、今日はテレビはなし、と予め宣言しやがったお陰でりせは店番、クマもバイトでナビも呼べず、他の仲間だけ呼ぶのもな−、というわけで俺とあいつだけで行くことに決めたのが15分ほど前。然したる問題はない。昨日突入したとき、目当てのシャドウは秘密基地のほんの入り口辺りで遭遇したから。あいつと俺なら1フロア2フロアうろついて狩ってカエレール、程度ならナビを切っても不安要素はどこにもない。はずだった。 なのに、ジュネスの家電売り場から入り口広場に降りた瞬間、大問題が勃発した。 「マジかよ……」 落下の浮遊感に混じって頭痛がした。耳鳴りもした。ついでに目眩までついてきた。一応断っておくと、急性の体調不良などでは決してない。見間違いなんかな、と瞬きをしてみる。残念ながら現実は何も変わらなかった。 大量殺人事件現場の鑑識後、みたいな趣味の悪いフロアのど真ん中。ちょこんと膝を抱えるちまいシルエット。見覚えなんてありすぎた。えー、マジで? とん、と着地の拍子に鳴った軽い音に、ちまいのがぴくんと反応した。きょろきょろと右を見て、左を見て、それから後ろを向く。目が合った瞬間、ぱあっと目が輝いたのがこれでもかってくらいに分かった。 「ようすけ!」 とてとて。そんな足音が似合いそうな小さな足取りで駆けてきて、そのままの勢いで抱きつかれる。マジで? なんでまたいんの? と当然すぎる疑問を口に出す代わりに「よ」と若干引きつりつつも笑顔を作って声をかけたら、鈍い金色の大きな猫目が俺を見て、これ以上なく嬉しそうに笑った。 前回同様、引き剥がそうなんて気にはやっぱりなりそうにない。ちっちゃいし、これもあいつだし。とりあえずわしゃわしゃ頭を撫でてみる。そしたらきゃらきゃら笑われた。お前ほんと嬉しそうですね。 「いつからここにいたんだよ」 「ようすけまってた!」 「はいはい、ありがとう。で、いつから」 だん、という重い着地音がして出かけた言葉を飲み込んだ。あーやっぱ来ちゃいますよね、そうですよね、一緒にいましたもんね、と思いつつ首を後ろに回したら、あいつは着地の姿勢からゆらりと立ち上がるところだった。不穏な空気が見えますが気のせいですか。気のせいじゃないですね。でもって、正面のちびは相変わらず俺に張り付いたまんま。え、これやばくね。 「……潰す」 「おい、落ち着け」 「今度こそ潰す。捻り潰す。完膚なきまでに叩き潰す」 俯いているせいで表情の殆どは長い前髪が隠している。それでも、にたり、と唇が凶悪に歪んだのだけは、分かった。 やばい。脳味噌の片隅が警鐘を鳴らした。 「……っぶね」 躱したのは反射だった。床に風を叩き付けた反動で高く跳躍したまま眼下を見る。槍が8本、ほんの数瞬前まで立っていた場所をあちこちから寸分の違いなく突き刺していた。八艘飛び、とか。ガチすぎんだろ。 「邪魔するな!」 「いや、するっしょ」 「シャドウだぞ!」 「子供じゃん」 前回とほぼ同じやりとりをしつつちびを抱え直したら、ぎゅう、と首にしがみつかれた。 「たかい!」 「お前今本体に殺されるところだったんですけど。分かってる?」 「ようすけすごい! たかい!」 駄目だ、分かってねえ。般若の睨みをものともせず、俺の首にひっついてきゃっきゃと無邪気に喜んでいる。暢気ですね、お前。いいですけど。子供ですし。状況把握なんて期待はしてません。そもそもお前の方が強いしすごいでしょうが。あらゆる意味で。 「邪魔立てするなら仕方ない。花村もろともぶった斬る!」 「おーおー、立派にヒールだな」 言い捨てるなり俺の着地点めがけて突っ込んできた。マジだわ、これ。いっくら自分のシャドウっつっても憎みすぎだろ。いや、まあ確かにこれは、恥ずかしいだろうけど。 ふ、と一つ小さく息をつく。ちびを抱えているから左手は使えない。ベルトに指していた苦無を一本だけ指に引っかけて、くるりと回す。機動性は格段に落ちるだろう。かなり不利だけど、いくら影とはいえこんな小さい子供が日本刀でえげつなく斬られるのを黙って見ている趣味はない。 「……ちゃーんと捕まっとけよ」 「うん!」 ぱしん、と苦無を掴むと同時にフロアに降りた。着地と同時にバック転。紙一重のところで躱した日本刀の照準は、影の目線、で俺の喉笛。マジで躊躇ねえな。 「避けるな!」 「避けるわ!」 後転飛びとバック転を不規則に繰り返しながら息つく間もなく繰り出される日本刀を避ける。ちょっと、さすがに、動きが重い。予想はしてたけど、避けてるだけじゃ埒明かねえわ、これ。体力が尽きても諦めそうにないし。いっそ反撃すっか? あとが怖えけど。すっごく。 「ようすけ、よーすけ!」 「喋んな、舌噛むぞ」 「くるくるって! くるくるってしてる!」 「力抜けるからやめたげて……」 俺の抗議ガン無視でちびはやっぱり楽しそうにきゃらきゃら笑った。目の前を一閃した白刃をぎりぎりのところで避けながら、暗い金色に光る無邪気な瞳と、えげつない連撃を繰り出し続ける般若の濃灰をちらりと見比べる。どっちがシャドウだか分かんねえな、といまさら思った。 |