かずむさん(少年サクリファイス)との共同連作
【花村会議】:かずむさん








花村は影を腕に抱いたまま俺に背を向けると、少し離れたところに影を下ろした。そうしてしゃがんで、手のひらが濃灰の頭をくしゃりと撫でる。
「よ、すけ」
「ちょっと待っててな」
「……うん」
 俺に背を向けたままだから、花村の表情は見えない。けれど、声音から恐らく笑って見せているだろうことは分かったし、花村の体に隠れている影もきっと嬉しそうに笑ったんだろう。鈍い金色に光るその目を、そっと細めて。
 なんであんなに無邪気に笑えるんだ。影のくせに。シャドウのくせに。
 会話が途切れて、耳に届くのはひゅうひゅうと、か細い呼吸音。苛々する。今すぐその首をへし折って、耳障りな呼吸音すらも潰してやる。
 無造作に掴んでいた日本刀の柄を両手で握り直し、構える。少し遅れて、もう一度そっと影の頭を一撫でして花村が立ち上がった。踵を返して真正面から対峙したものの、俯いているせいで相変わらず表情は見えない。ゆっくりとした速度で俺の方へ歩きながら、左手でまとめて持っていた苦無のうちの1本を、軽く宙へ放り投げる。くるり、宙で翻って放物線を描く鈍色の凶器。その軌跡を追うように、ひらひらと青いカードが舞い降りた。
 花村の右手が左肩まで上がって、逆手に苦無を掴む。ぱしん、と軽い音を立てたと同時に、右手の苦無が空を切ってカードを砕いた。不意に、花村が顔を上げた。そうして一瞬だけ垣間見えたのは。
「……ジライヤ」
 抑揚なく、呟くように名を口にした瞬間、花村の周囲を光の粒子が取り巻いた。
 ――スクカジャ、だ。
 悟った瞬間、花村の姿が視界から消えた。ざくり、肉を抉り取られた激痛が頬に走る。蟀谷狙いの一撃をぎりぎりのところで躱せたのは、半ば反射だ。背中を預け合っているからこそ分かった、ただの勘。
 血飛沫に染まった視界の中、温度を失った胡桃色と目が合った。感情は根こそぎ抜け落ちて、絶対零度の無表情。そうして悟った。花村の怒りが沸点を超えたことを。
「いい加減にしろ! どうしてそこまでして庇う!」
「生憎、ちっさい子供が甚振り殺されんの見て喜ぶ趣味はねえ」
「あんななりでもシャドウなんだぞ!」
 両手の苦無から繰り出される連撃をどうにか日本刀で弾く。それでも躱しきれず、腕や腹や襟が斬られて、切り裂かれた学ランの断片が血と混じって宙を舞う。ただでさえ機動力で負けている上にスクカジャ。防戦一方じゃどうしたってこっちが不利だ。
「お前こそ、なんでそんなムキになってんの」
「だからあれはシャドウだと何度――」
「それとも怖えの? 認めたくねえんだろ」
 白刃を横へ大きく一閃する。手のひらに伝わったのは空気を裂いた感触だけ。代わりに、とんっ、と肩に手のひらが触れた。
「俺はまだちっせえガキのままだった、ってな」
 背後から聞こえた抑揚のない声。俺の肩を踏み台にしやがった、と気付いたのは、壁に吹っ飛ばされてからだった。
 息が詰まって、一瞬後、空気の塊を吐き出した。ぐらり、脳が揺れる。意識が霞む。側頭部を膝で蹴り飛ばされた拍子に口の中を切ったのか、鉄の味がする。唾を吐いて、ぎり、と奥歯を噛み締めた。
 気に入らない。また影が現れたことも、影を庇う花村も、全部。全部気に入らない。
 顔を上げたら花村と目が合った。追撃もせず、順手で苦無をまとめて持って、ただ突っ立って無表情に俺を見ている。一呼吸を置いて、花村は視線を俺から外して影を見た。地べたに転がって、か細い呼吸を必死に繰り返す小さな子供。あれが俺の影かと改めて考えたら一層頭の芯が焦げたようになった。
「あいつは俺に固執してるっぽいけど、実際んとこ甘えられりゃ誰でもよかったんだと思うぜ」
「だったらなんだ。何を喚いていようとシャドウはシャドウだ」
「何? もしかして怖えんじゃなくて羨ましいわけ?」
「誰が!」
 壁から離れると同時に駆けて間合いを詰める。袈裟懸けにした一撃は軽々と後ろへ躱された。
 構わず日本刀を次々振り抜く。切っ先は学ランを裂くばかりで、肉を断った感触とはほど遠い。苛々する。苛々する!
「自分があんくらいんとき、ほんとは甘えたくてしょうがなかったんじゃねえの」
「違う!」
「そんなのとっくに殺したつもりでいたのに今更突きつけられて、どうしたらいいか分かんねえんだろ」
「うるさい!」
「誰かに頼りたい甘えたいなんて、そりゃ認めらんねえよなあ。プライドばっか高いもんな、お前」
「黙れ!」
 花村が淡々と言葉を重ねるたびに思考回路が焼け爛れていく。花村が苦無を逆手に握り直す。次の手は、花村なら、きっと。
「……っ、ぐ」
 肩を貫かれて激痛が走った。が、浅い。やっぱりフェイク。体重を乗せてくるのは、次の左手の一撃。だったら。
 学ランの襟を掴む。渾身の頭突きをかましたら、一瞬花村の体が傾いで、けれど花村は痛みを振り切ると相変わらず感情も温度も何もないガラス玉みたいな冷眼で俺を一瞥した。
「でもあれ、お前の影だから」
「違う! あんなのは俺じゃない!」
 反射で言い返してはっと息を呑んだ。と同時に、後ろで大きな爆発音にも似た轟音が響き渡った。少し遅れて、暴風が吹き荒れた。
「……ちがうもん」
 発生源は、確認しなくても分かった。影の前で禁句を口にする、その結果なんて身に沁みて理解できていた。それでも反射で振り返ると、暴風の真っ只中で、影がぐしぐしと泣いていた。
「ちがうもんおれようすけすきだもん! うわああああああああああああああああん!」
 絶叫と同時にカッと何かが光って視界を真っ白に染めた。まずい、と危惧した俺とは対照的に、花村は「え、そっち?」と暢気な感想を漏らした。