「どうすんの、それ」 溜息混じりに、けれど抑揚なく言われて、真下に向けていた顔を正面に戻した。俺と全く同じ色の髪、全く同じ顔立ち。学ランの着崩し方からインナーのTシャツ、ヘッドホンの位置まで丸ごと一緒。もう受け入れちゃってるせいなのか、今更こうして向かい合ったところで怯えだとか恐怖だとか嫌悪だとかに分類される感情は全くない。ただ変な感じだなー、と思っていたら、影は濁った黄色の目を剣呑に細めて、立てた右膝に頬杖をついたまま眼球だけを下へ向けた。視線の行方は胡座を掻いている俺の足。と、影の左足の間の重石。すぴー、と擬音がつきそうなくらいすっかり寝こけている小さな生き物。ちっこいから重くなんてないし、だから重石ってのは的確じゃないかもしれない。けど、足を枕にされた上に学ランの裾を握り込まれているせいで俺は動きが取れないし、もう片方の手で指を思いっきり握り締められている影も動きようがなくて、だから重石と表現したところで大して間違ってはいないと思う。 「どうって、どうしようもねえだろ」 言うまでもなく結論は明白だったのか、影は不服そうに小さく鼻を鳴らすと、また眼球だけを動かして視線を遠くへ投げた。その先には荘厳なお城。外見だけだけど。中はすっげえ毒々しいけど。 「んじゃ、あれはどうすんの」 「あー……あれはなあ」 膝に乗っている頭を撫でてみる。色どころか触り心地まで本体と一緒。小さかろうが影だろうがあいつであることは変わりないわけで、だから当たり前っちゃ当たり前だけど、やっぱり変な感じだなーと思う。 「しばらく好きにさせときゃいいだろ」 「野垂れ死んでも知らねえぞ」 「死なねえよ、あいつは」 苦笑しながら斬り捨てたら、影はまた小さく鼻を鳴らして視線を下に戻した。今回のは不服とか、そういうのが原因じゃないと思う。なんで俺が手放しで大丈夫なんて思えるかなんて嫌ってほど理解してるだろうし。分かってんならいいんだよ、的な? 違うか。 安心しきって寝こけているちびの手を見てみる。学ランも影の指も両方ぎゅうぎゅう握ってる。子供って妙なところで妙な力発揮すんだよな、と苦笑しつつ学ランを一生懸命握り締めている指をそーっと1本外してみる。と、ほんのちょっと眉間に皺が寄った。けど、ぽんぽんと頭を撫でたらすぐ緩んだ。よし、そのまま起きるなよ。 「俺らがいない間もこんな感じなの」 「何がだよ」 「ちび。この感じじゃ膝枕がお昼寝の定位置なんだろ」 視線は指を外していく手元に固定したままだから影の表情は見えないけど、盛大に嫌そうな顔をしたんだろうなーってことはなんとなく気配で分かった。 「押し付けたのは誰だよ」 「俺だな」 「超いい迷惑」 「だってこんなちっさい子こんなところで一人にしとくのはかわいそすぎんだろ」 「だからって普通自分のシャドウを使うかよ」 「普通は使わねえな」 「俺が拒否って放置する可能性だってあるっつのに」 「それはねえよ」 「俺の性質が分かっててよく言えるな」 「まあな。けど俺だし。実際なんだかんだ言いつつこいつの好きにさせてんだろ」 2本目の指を学ランから離しつつ顔を上げたら、感情をこそげ落としたまま、目だけをすっと細めて睨まれた。てことは図星か。まあ、そうだろうな。口では文句たらたらだろうし、たまに「うっせえな!」とか怒鳴ってギャン泣きされたりもしているだろうし、けど最終的には嫌な顔をしつつも聞いてやってるんだろうなーと思う。たぶん、この予想は高確率で当たっている。裏付けは今現在の影の反応。膝枕が常習化、も否定されなかったし。つまりはそういうこと。 「ぶっちゃけ、こいつのことどう思ってんの」 3本目の指を細心の注意を払いつつ解く手を止めて顔を上げる。と、影は相変わらずの斜に構えたような無表情で俺を見ていた。 「どうって。甘えたい、頼りたい、けど弱みは見せたくない。の、反動」 「だけ?」 「他になんかあんの?」 「なんで俺だよ、ってな」 ああ、そういうこと。手元に視線を戻して4本目の指をそうっと解いていく。むずがるみたいに指がぎゅっと閉じて、拍子に学ランを思いっきり握り込まれて振り出しに戻った。寝ててもこれ、とか。確かにすげえ執着っぷりだな。 「めんどくせえ?」 「つか、うぜえ。あと、うるせえ」 「でも嫌じゃねえんだろ? だったらいいじゃねえか」 「俺は静かに暮らしたいんだよ」 「ジジくせえ」 くは、と笑った俺とは対照的に、影はうんざりって感じで顔を歪めた。けどやっぱり心底嫌なわけじゃないってことは、握られたまま放置している手からして明らかだ。 「まあまあ耐えてくださいよ。あいつが認めるまでだから」 「それっていつになんの」 「どうだろ。直接あいつに聞いて」 「答えが見えすぎてて聞く気にならねえな」 「下手につついたら、また『お前なんか俺じゃない!』って口走りそうな気もするしなー」 「こっちの迷惑も考えろっつの」 本気で嫌がってるわけでもないくせにほんっと嫌そうな顔するなーと苦笑しつつまた1本目から指を解いていく。時間をかけたらまた振り出しに戻りそうだから、今度はさっさと。でも丁寧に。 そういえば、あいつがシャドウに八つ当たるべく一人で突っ込んでいってどれくらい経ったっけ。ふと入り口を見る。もちろんあいつの姿はない。今どの辺まで進んだんだろ。真ん中らへん、かな。 「そろそろ頃合いっぽいな」 「お迎えか?」 「そ。呼びに行かねえと戻ってこれないっしょ、あいつ。八つ当たり先をこっちに向けてやんねえと」 「これはどうすんだよ」 「こうしときゃ平気だろ」 ひょいっと小さな体を抱き上げて、無造作に投げ出されている影の左足に頭を下ろす。影は鬱陶しげに眉根を寄せて膝の上のちびを睨みはしたものの、相変わらず握られっぱなしの手を振り解こうだとか頭を蹴り落とそうだとか、そういう不穏な気配はない。で、思った。やっぱ普段から枕にされてんだな、こいつ。 地面に投げ出しておいた苦無を掴んで立ち上がる。体がちっさいからなのか、頭を置かれていた場所がよかったのか、それなりに重みはあったものの足に痺れはない。 「一応言っとくけど、俺がここにいるってことはお前ペルソナ使えねえからな」 「平気平気。ここのシャドウ弱えし」 「あと、こいつが起きる前に戻ってこい。泣き喚いてうっせえから」 「へいよー」 歩きながら背中越しにひらひらと手を振ったら、後ろからでっかい溜息が聞こえてきた。あんな態度を取ってるけど、いざあいつが影を認めてシャドウが消えたら割と本気で寂しがるんじゃねえの、と思った。 |